秀学ゼミナール

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ひとり言

教育ブログ 「よなはTのひとり言」㊸

その平中の文、どんな女も靡(なび)いてしまう歌にも、かの侍従は一向に返事をよこしません。季節も移り、六十通ばかり文を出した頃、「みつ(見ました)」と書かれた二文字だけの文がようやっと侍従から届く。
雨夜に本院の侍従の局(つぼね)に忍んで行った平中は、長らく待たされた後ようやく侍従と会うことができた。
香を焚きこめた暗闇で、夢が現(うつつ)に変わろうとするその刹那、侍従は忽然と立ち去ってしまう。
侍従の幻から脱しない限り平中は生きていけないことを悟り、ある決心をする。
「あの女の浅ましいところを見つけること」それ以外に焦がれ死にから逃れる術はない。
その時、侍従の女童(身の回りの世話をする)が絵扇の陰に何か筐(はこ)を持って通りかかる。平中は侍従のした糞(まり:うん○)に違いないと思い定めその筐を奪う。
百年の恋も霧消するだろう。意を決し筐を開いた平中の眼に飛び込んできたものは。
香水の中に濃い色の香木が二つ三つ。
その二寸ほどの物を噛みしめた平中は失神して仏倒しに倒れてしまう。
平中の行動は理解できるのですが、侍従はなぜ、「香細工の糞」まで作らせたのでしょうか。

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今回は文学の話。「好色」。芥川龍之介が大正十年「改造」に発表した作品。
「今昔物語」巻第三十「平定文仮本院侍従語」、「宇治拾遺物語」巻三の「平貞文本院侍従の事」等に依った作品で、彼は、「王朝物」と言って古典に題を取った「説話文学」を多く残しました。主人公、貴族の「平中」は、希代の色好み、いわゆるプレイボーイ。
女ができると、たちまちその女に飽きてしまう。
次々と女をとりかえる。女性はもちろん、その親や亭主、恋人からすれば、敵のような存在です。そんな平中が、宮仕え人の侍従に恋してしまいます。
当時、恋愛の手順は、まず、文(ふみ:手紙)をつかわす(送る)ことから始まります。
文の内容は歌です。
三十一文字(みそひともじ:短歌のこと、江戸時代までは和歌という)に己の気持ちを載せるのです。
返事も、当然、歌で返します。
万葉の昔から、やまと(日本)は歌の国です。
違和感を覚えるかもしれませんが、今でも流行歌(音楽)が身近にあるのと同じ感覚です。
庶民から天皇まで、心情を歌にこめて表現しました。

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イギリスの小説家フォスターが「ストーリー」と「プロット」の関係についておもしろいことを述べています。
『ストーリーは時間的順序に配列された諸事情の叙述。プロットもまた、諸事情の叙述だが、重点は因果関係におかれる』と。
「王が亡くなられ、それから王妃が亡くなられた」これはストーリー。
「王が亡くなられ、それから王妃が悲しみのあまり亡くなられた」といえばプロットです。
「それからどうした」に重点をおけば物語、「なぜ?」に焦点をあてれば小説ということでしょうか。そう考えると一つの作品でも、話の筋をたどって、次の展開がどうなるのかわくわくしながら読めば、物語を読んでいることになり、登場人物の気持ちに寄り添って因果関係を究明しながら読めば、小説を読んでいることになります。
物語的な読書はすらすら、小説的な読書はゆっくりといった感じでしょうか。
気持ちを汲みとるためには行間を読まなければいけません。
自然と文章の森を揺蕩(たゆた)うことになります。
小説の中の時間は「それからどうした」という物理的な時間のほかに人間の心の時間も描かれます。
時の流れが止まっているのです。確かに「源氏物語」は小説なのです。

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今回は文学の話。
国語の試験問題は「文学的文章」、「説明、評論的文章」など異なる分野から出題されますね。
その「文学的文章」をさらに細かく見ると「物語」「小説」「随筆(文学的文章と評論的文章の折衷)」「韻文(詩など)」等に分かれます。
ところで、疑問に思ったことはありませんか。「物語」と「小説」とはどこが違うのでしょう。
「竹取物語」と「源氏物語」。
どちらも「物語」を名乗っていますが、前者は「物語」、後者は「小説」だと聞いたことがあります。しかも「源氏物語」は世界最初の小説だとか!

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憲法が成文であってみれば、そこに意味があり、解釈が必要なこともわかります。
でも百歩譲ったとしてもおかしなものは、おかしいと言わなければだめでしょう。
今こそ、多くを論じる時に来ています。
家族や愛する人を守るため、自分の財産を守るために、戦わなければならなくなり、命をおとす。あるいは人の命を奪う。これが戦争です。
それがいやなら、『奴隷の平和』を受け入れるしかありません。
奴隷として命を全うする。そこには、身体の自由も精神の自由もないでしょう。
ガンディーが行った「非暴力・不服従」の覚悟のカケラすら持とうとしないのです。
論理的に考えることを放棄し、気分に流され、刺激の絶対値にしがみつくような生き方を選択してしまった日本人にはなりたくありません。
日本は目に見えた形では他国に戦争は仕掛けていないでしょう。
でも平和ボケした日本人の平均寿命は男女とも80歳を超えています。
たとえば、アフリカのどこかの国の平均寿命が60歳だとして、その20歳の差はなにを語っているのでしょう。
我々はその国と直接交戦はしていません。
想像力の欠如、感性の鈍麻が世界を破滅に導くのでしょうか。

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『日本人は、水と平和はタダだと思っている』というようなことが『日本人とユダヤ人(イザヤ・ベンダサン[山本七平]著)』に書かれてあったと記憶しています。
たしかに、世界平均の2倍の降水量がある日本にあってみれば、水もタダ同然に感じるでしょう。また平和については、意識していないかもしれませんが、どこかの国が攻撃してきたとしたらきっと、自衛隊やアメリカ軍が守ってくれると信じている人も多いでしょう。
「平和、平和」と連呼していれば、「ノーベル平和賞に値する憲法があるから」だから「日本は絶対安全なのだ」と感じている人もいるでしょう。
自らは何も手を汚さずに安全がタダで手に入っている。
一方、先般の東日本大震災で自衛隊の活躍に瞠目し、感動を覚え、その存在に感謝した人も大勢いるでしょう。
「自国を守るための防衛力は必要だ」と誰もが考えるはずなのに、同盟国アメリカが一緒に戦ってくれと言った時は「No」と言う。
前者は「防衛力」、後者は「軍事力」だからでしょうか。
どう考えても私には同じに思えます。

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戦後、世界の4割のGDPを誇っていたアメリカは世界平和はわが手に任せろとばかり、世界の保安官を気取っていました。
国連憲章にある理想がこの日本国憲法にも色濃く表れています。
もちろん、理想を掲げることは大事なことです。
崇高なる理想に近づこうと努力することもまた重要です。
しかし、アメリカの目論見はもろくも崩れます。朝鮮戦争が勃発します。
冷戦という新たな世界秩序のもとで、理想憲法はみるみる空文化します。
日本人にとって戦争は絶対悪です。
ですから侵略を行う軍事力は持ってはいけないのです。
それは分かります。しかし、逆の場合はどうなのでしょう。
一方的に攻め込まれて占領されて国が亡ぶ?だから自衛隊がいるのだ!
防衛力は軍事力ではないのでしょうか。
日本の防衛費は世界第6位です。

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『WGIP(War Guilt Information Program)』の積極的プロパガンダと検閲(「何を伝えさせないか」プレスコード)による消極的な政策によって、日本人はすっかり洗脳させられてしまいました。
この洗脳は現在も解けていません。
日本は本当に独立国なのでしょうか?アメリカの51番目の州だという人もいます。
日本国憲法の前文に次のような文言があります。「(略)平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」決意するのは勝手ですが、「平和を愛する諸国民(諸国家)」などいったいどこに存在するのでしょうか。
先日も北朝鮮がミサイルを発射しました。
このありもしない理想世界を前提として憲法第2章第9条ではこう謳います。
「①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

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戦争には被害者と加害者という両側面がありますが、われわれの心的特性として加害者意識の方が勝っているのはこの『WGIP』が深く関係しています。
被害者側の視点に立つと、大都市の無差別爆撃(空襲)や広島・長崎への原爆投下(民間人虐殺)を行ったアメリカへの憎悪は少ないように思います。
江藤淳は「日本と米国とのあいだの戦いであった対戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」と「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている(『閉ざされた言語空間-占領軍の検閲と戦後日本』文藝春秋)」と分析しています。
GHQ文書(月報)によると、敗戦直後の様子を「占領軍が東京入したとき、日本人の間に戦争贖罪意識は全くといっていいほど存在しなかった。(略)日本の敗北は単に産業と科学の劣性と原爆のゆえであるという信念が行きわたっていた(産経新聞H17/12/20)」と報告しています。

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憲法や平和について少し話させてください。
『WGIP』ということばを知っていますか。『War Guilt Information Program』の略称です。
「guilt」は罪、犯罪の意味ですから、『WGIP』は『戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画』と訳されます。
太平洋戦争(この呼称も「大東亜戦争」から意図的に変えられた)終結後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP[the Supreme Commander for the Allied Powers(in Japan)])の日本占領政策の一環としてこの計画は行われました。
20世紀の二度にわたる未曾有の戦争(民間人をも巻きこんだ戦死者が数千万人)に辟易(へきえき)した人々がまず望んだことは平和でした。
GHQ(アメリカと言ってよいでしょう)にとって最大の目標は、日本の軍事力解体で、日本を中立・非武装化して中華民国(現在の台湾:戦後、中国大陸は共産党軍[現中華人民共和国]と国民党軍が対立)をアジアの中心となし、軍国主義を廃して親米的な国家へ創り変えることでした。最高司令官マッカーサーはこう述懐しています。「アメリカ人が大人だとすれば、日本人は少年だ」
また「当初は日本を工業国から農業小国に転換し、アメリカの市場とするつもりだった」と。