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ウソシリーズ 「漢字は多く書けば覚える!」のウソ(漢字編⑥)

ウソシリーズ 「漢字は多く書けば覚える!」のウソ(漢字編⑥)

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部首や部首名は辞典によって違っている場合がありますが、日本の漢和辞典の大部分は、中国・清代の「康熙字典(こうきじてん)」が基になっていることが多いのです。
二百十四種の部首が立てられています。

清がこのあと康熙帝(こうきてい)、雍正帝(ようせいてい)、乾隆帝(けんりゅうてい)と続く黄金期の礎を築いた康熙帝の時代に編纂された字典です。

この「康熙字典」は、実は後漢(約千八百年前)の許慎(きょしん)が漢字の体系をまとめた「説文解字(せつもんかいじ)」をもとに作られました。
漢字の聖典ともいわれ、ここから直接作られた日本の辞書もあります。

ところがこの「説文解字」には多くの間違いがあることがわかってきました。
一八九九年に、殷の時代の甲骨文字が地中から発掘されたからです。
その解読作業が進んでいく過程で誤りがあきらかになってきました。

漢字のルーツは甲骨文字です。
約三千二百年前、安陽に都した殷王朝が卜(うらな)いに用いた亀の甲羅の腹や牛の肩甲骨などに刻した文字が甲骨文字です。
その後、周(約二千三百年前)の時代にかけて青銅器に文字を鋳込みました。
これが「金文(きんぶん)」です。
秦の始皇帝が文字を統一(約二千二百年前)しました。
小篆(しょうてん)という字形です。
余談になりますが、「始皇帝」の「皇」の字は「北極星」を意味します。
北天に座してその周りを星が巡る。世界の中心ということです。

漢字の由来にもどりましょう。その「小篆」をもとに許慎は「説文解字」をまとめあげました。文字資料としては「小篆」だけでした。原典である「甲骨文字」や変遷を物語る「金文」などは、ほとんど土の中でした。許慎の参考書は、「小篆」のみ。

ですから十九世紀も後半になって発掘された甲骨文字、金文の解読作業の研究から間違いが浮かびあがってきたのです。

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