秀学ゼミナール

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05月

ウソシリーズ 「本をたくさん読めば国語力がアップする」のウソ(国語編④)

福嶋はまた「抽象」と「具体」は「相対的」なものだとも言っています。
「ライオン・とら・おおかみ」つまり「肉食動物」つまり「動物」つまり「生き物」。
「肉食動物」は「ライオン」にくらべれば抽象的ですが、「動物」にくらべれば「具体的」です。「相対的」とはこういうことです。
このことは「ライオン・とら・おおかみ」<「肉食動物」<「動物」<「生き物」と表すこともできます。
数学の集合の考え方です。
「生き物」の部分集合が「動物」、その部分集合が「肉食動物」…。
「ライオン」を中心に置くと、その外側の円が「肉食動物」その外が「動物」という同心円の世界が広がります。
中心へ向かう矢印が「具体化」、中心から遠心へ向かう矢印が「抽象化」です。
福嶋は「マトリョーシカ(ロシアの人形で、人形の中に人形が、またその中に人形が…)方式」と名付けました。
「抽象化」の道筋をたどるときに、迷う場合は接続詞「つまり」ではなく「という」でつなげてみるのもよいでしょう。
「北海道・東京都・鹿児島県」つまり「日本」。なにかしっくりしません。
そこで、「北海道・東京都・鹿児島県」という「日本の地名」。
しっくりと落ちつきました。
抽象化は要点をまとめるときに非常に役に立ちます。
「具体化」はものごとを細分化(分ける=分類)するとき有効な方法です。
「分ける」は「分かる」と同じ意味をもちます。

教育ブログ 「よなはTのひとり言」㊴

憲法が成文であってみれば、そこに意味があり、解釈が必要なこともわかります。
でも百歩譲ったとしてもおかしなものは、おかしいと言わなければだめでしょう。
今こそ、多くを論じる時に来ています。
家族や愛する人を守るため、自分の財産を守るために、戦わなければならなくなり、命をおとす。あるいは人の命を奪う。これが戦争です。
それがいやなら、『奴隷の平和』を受け入れるしかありません。
奴隷として命を全うする。そこには、身体の自由も精神の自由もないでしょう。
ガンディーが行った「非暴力・不服従」の覚悟のカケラすら持とうとしないのです。
論理的に考えることを放棄し、気分に流され、刺激の絶対値にしがみつくような生き方を選択してしまった日本人にはなりたくありません。
日本は目に見えた形では他国に戦争は仕掛けていないでしょう。
でも平和ボケした日本人の平均寿命は男女とも80歳を超えています。
たとえば、アフリカのどこかの国の平均寿命が60歳だとして、その20歳の差はなにを語っているのでしょう。
我々はその国と直接交戦はしていません。
想像力の欠如、感性の鈍麻が世界を破滅に導くのでしょうか。

ウソシリーズ 「本をたくさん読めば国語力がアップする」のウソ(国語編③)

「まとめる力」は「抽象化」、「分ける力」は「具体化」と同義です。「抽象化」や「具体化」するカギとなるのが「つまり」と「たとえば」という接続詞です。
例をあげます。「抽象化」:「みかん・ぶどう・バナナ」つまり「果物」。「具体化」:「果物」たとえば「みかん・ぶどう・バナナ」という具合です。
「抽象」と「具体」は相互往復の関係でできています。
だいたいの文章は「抽象」と「具体」の間を往復、漂いながら書かれています。
つまり、『すべての文章は、「言いかえ」の連続で作られているのです』。
「抽象化」は連綿と続きます。
「みかん・ぶどう・バナナ」つまり「果物」、「果物」つまり「植物」、「植物」つまり「生物」、「生物」つまり……。
「抽象化」は際限がありません。
究極的には「世界」とか「宇宙」に行きついてしまいます。
われわれが、この「世界」で生きているかぎり、この「世界」のことを知りたいと希求するのは当然ですし、この「世界」を記述しつくしたいという欲望は無限に増殖し続けるでしょう。

教育ブログ 「よなはTのひとり言」㊳

『日本人は、水と平和はタダだと思っている』というようなことが『日本人とユダヤ人(イザヤ・ベンダサン[山本七平]著)』に書かれてあったと記憶しています。
たしかに、世界平均の2倍の降水量がある日本にあってみれば、水もタダ同然に感じるでしょう。また平和については、意識していないかもしれませんが、どこかの国が攻撃してきたとしたらきっと、自衛隊やアメリカ軍が守ってくれると信じている人も多いでしょう。
「平和、平和」と連呼していれば、「ノーベル平和賞に値する憲法があるから」だから「日本は絶対安全なのだ」と感じている人もいるでしょう。
自らは何も手を汚さずに安全がタダで手に入っている。
一方、先般の東日本大震災で自衛隊の活躍に瞠目し、感動を覚え、その存在に感謝した人も大勢いるでしょう。
「自国を守るための防衛力は必要だ」と誰もが考えるはずなのに、同盟国アメリカが一緒に戦ってくれと言った時は「No」と言う。
前者は「防衛力」、後者は「軍事力」だからでしょうか。
どう考えても私には同じに思えます。

ウソシリーズ 「本をたくさん読めば国語力がアップする」のウソ!(国語編②)

「国語力=論理的思考力」を身につけるためにとても役に立つ本があります。
『「本当の国語力」が驚くほど伸びる本』国語塾を主宰している福嶋隆史さんの本です。
この本には「3つの力」が備われば国語力が飛躍的にアップすると書かれています。
「言いかえる力」「くらべる力」「たどる力」。
まず、「言いかえる力」から。この力は3つの力のなかでも中心的な役割を果たします。
「言いかえる力」は抽象化力と具体化力の2つからできています。
キーワードは「つまり」と「たとえば」。
福嶋隆史は『論理的思考力とは、決して「難しく考えること」ではない』と言い切ります。
『難しいことがらを「単純化すること」だ』と。
「バラバラの考えや言葉を整理するための力」が「論理的思考力」だとすれば、なぜ整理が必要なのか。
それは、だれかに伝えるためです。
だれかが自分であることも含めて、情報に対して人は納得を要求します。
その伝達方法は次の3つに集約されます。
①まとめて伝える/分けて伝える②くらべながら伝える③順序よく伝える。
この①が「言いかえる力」になります。
国語の入試問題にも「作者の考えを述べよ」→「まとめる力」や「具体的に述べよ」→「分ける力」を問う設問をよく目にします。
ズバリ「言いかえる力」を試しています。

教育ブログ 「よなはTのひとり言」㊲

戦後、世界の4割のGDPを誇っていたアメリカは世界平和はわが手に任せろとばかり、世界の保安官を気取っていました。
国連憲章にある理想がこの日本国憲法にも色濃く表れています。
もちろん、理想を掲げることは大事なことです。
崇高なる理想に近づこうと努力することもまた重要です。
しかし、アメリカの目論見はもろくも崩れます。朝鮮戦争が勃発します。
冷戦という新たな世界秩序のもとで、理想憲法はみるみる空文化します。
日本人にとって戦争は絶対悪です。
ですから侵略を行う軍事力は持ってはいけないのです。
それは分かります。しかし、逆の場合はどうなのでしょう。
一方的に攻め込まれて占領されて国が亡ぶ?だから自衛隊がいるのだ!
防衛力は軍事力ではないのでしょうか。
日本の防衛費は世界第6位です。

ウソシリーズ 「本をたくさん読めば国語力がアップする!」のウソ(国語編①)

今回からは文章読解について。
広い意味で読書も文章を読解することにほかなりません。
他者を理解することが至難であるならば、その他者が書いた文章を正しく理解することもまた至難といっていいでしょう。
しかしながら、忙しい現代社会にあっては、膨大な情報の海から大量の文章を読み、理解することを強いられます。
普段から活字に慣れ親しんだ人は別として、そういう習慣がない人にとっては、そのことは相当のストレスになります。
本来、読書(文章から何か情報を得ることも含む)は新しい「知」に出会う行為ですから、新鮮なわくわく感をともなうはずです。
それが苦痛な行為となることは不幸であると言わざるをえません。
時間に余裕がないことに加え、すぐに答えにたどり着こうと焦るあまり、読んだ内容に耳を傾けもせず、自分の持っていた先入観でその中身を判断してしまう。
正しい理解(読解)をすることなしに、時間だけが駆け抜けていく。
本当の国語力は正しい読解力と同義です。

教育ブログ 「よなはTのひとり言」㊱

『WGIP(War Guilt Information Program)』の積極的プロパガンダと検閲(「何を伝えさせないか」プレスコード)による消極的な政策によって、日本人はすっかり洗脳させられてしまいました。
この洗脳は現在も解けていません。
日本は本当に独立国なのでしょうか?アメリカの51番目の州だという人もいます。
日本国憲法の前文に次のような文言があります。「(略)平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」決意するのは勝手ですが、「平和を愛する諸国民(諸国家)」などいったいどこに存在するのでしょうか。
先日も北朝鮮がミサイルを発射しました。
このありもしない理想世界を前提として憲法第2章第9条ではこう謳います。
「①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。②前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」