秀学ゼミナール

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04月

ウソシリーズ 「社会は暗記科目である」のウソ(歴史編⑨)

歴史、特に「日本史」を概観する上で、教科書で習ったステレオタイプの歴史観だけを使って歴史を見てはいけないのです。
宗教観を無視した「唯物論的歴史観」が初等、中等教育に跋扈(ばっこ)した時代も長く続きました。
網野善彦のように「民衆」や「使われていたことば」に寄り添って歴史を研究した学者もおりました。
網野善彦のことばに次のようなものがあります。
『「百姓」イコール農民ではない』。
網野の著書『歴史を考えるヒント』からの出典です。
その意味するところは、「新潮文庫」になった時の與那覇潤(よなはじゅん:愛知県立大学日本文化学部准教授:2013年当時)の解説を読むとよく分かります。
「百姓」が古代には「おおみたから」「たみ」と呼ばれ「官人」と対で官職につかぬ民間人、つまり農民をはじめ、海民や職能民などあらゆる生業に就いている民衆の意味だったことを説明した上で(官から見た納税者全般を指すことば)、江戸時代の伊藤東涯、寺島良安の著作で「百姓」が「農夫」「農人」の呼称として言及され、明治の壬申戸籍の作成にあたって、百姓をすべて「農」として記載した。
これが私たちが「百姓イコール農民」と思いこむ感性の由来だと喝破したうえで、こう続けます。
『「古代の律令国家が、すべての『百姓』に対して本気で水田を与えようとしていたことは確か」であり、その遺産は中世にも、実際に納める品目が異なっても年貢は水田に賦課されるという形で受けつがれたとされる。すべからく百姓は稲作農耕民たるべしという「農本主義」のイデオロギー自体は、この列島が最初の国家をもったときから存在していたのであり、それは「律令国家ができた途端、全国が水田で埋め尽くされたように考えている人が少なくない」こんにちの日本人にまで、無意識におよんでいることが指摘される。』

『温故知新』歴史は過去のことを知ることが目的ではなく、「今」を見据え、未来をどう切り拓くかを考える学問です。
けして、「暗記」ではないのです。

教育ブログ 「よなはTのひとり言」㉟

戦争には被害者と加害者という両側面がありますが、われわれの心的特性として加害者意識の方が勝っているのはこの『WGIP』が深く関係しています。
被害者側の視点に立つと、大都市の無差別爆撃(空襲)や広島・長崎への原爆投下(民間人虐殺)を行ったアメリカへの憎悪は少ないように思います。
江藤淳は「日本と米国とのあいだの戦いであった対戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」と「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている(『閉ざされた言語空間-占領軍の検閲と戦後日本』文藝春秋)」と分析しています。
GHQ文書(月報)によると、敗戦直後の様子を「占領軍が東京入したとき、日本人の間に戦争贖罪意識は全くといっていいほど存在しなかった。(略)日本の敗北は単に産業と科学の劣性と原爆のゆえであるという信念が行きわたっていた(産経新聞H17/12/20)」と報告しています。

ウソシリーズ 「社会は暗記科目である」のウソ(歴史編⑧)

大和王権が易姓革命によって出雲族を滅ぼしたにもかかわらず、「禅譲」という容(かたち)にこだわった。
このことが、今現在も連綿と続いている『国体(国家の状態。くにがら。)』の意味です。
摂関政治の藤原氏も武家政権になった時の源氏、北条得宗家、足利家、天下布武の織田信長も「天皇」を弑逆(しぎゃく、しいぎゃく:亡き者にする)しなかったのです。
徳川家も「禁中並公家諸法度」を定め「天皇」の政治への参加を封殺はしましたがそれは行いませんでした。
それどころか太平洋戦争後、日本を統治したGHQ(=アメリカ:日本の解体を目論んでいた)も「憲法」第1条に象徴としての「天皇」を残さざるを得なかったのです。
誤解のないように言っておきますが「天皇万歳」と叫びたいわけではありませんよ。
他のどの国にもない「日本」の特異性を「国体」という視点から考えるよい機会が到来したと思っただけです。

教育ブログ 「よなはTのひとり言」㉞

憲法や平和について少し話させてください。
『WGIP』ということばを知っていますか。『War Guilt Information Program』の略称です。
「guilt」は罪、犯罪の意味ですから、『WGIP』は『戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画』と訳されます。
太平洋戦争(この呼称も「大東亜戦争」から意図的に変えられた)終結後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP[the Supreme Commander for the Allied Powers(in Japan)])の日本占領政策の一環としてこの計画は行われました。
20世紀の二度にわたる未曾有の戦争(民間人をも巻きこんだ戦死者が数千万人)に辟易(へきえき)した人々がまず望んだことは平和でした。
GHQ(アメリカと言ってよいでしょう)にとって最大の目標は、日本の軍事力解体で、日本を中立・非武装化して中華民国(現在の台湾:戦後、中国大陸は共産党軍[現中華人民共和国]と国民党軍が対立)をアジアの中心となし、軍国主義を廃して親米的な国家へ創り変えることでした。最高司令官マッカーサーはこう述懐しています。「アメリカ人が大人だとすれば、日本人は少年だ」
また「当初は日本を工業国から農業小国に転換し、アメリカの市場とするつもりだった」と。

ウソシリーズ 「社会は暗記科目である」のウソ(歴史編⑦)

出雲大社(一般的には縁結びの神さまとして知られている。旧暦10月に行われる『神在祭(かみありさい)』では全国から八百万の神が集まり七日間に渡り『神議り(かみはかり)』という会議が開かれる。)にはまだ他にも謎があります。
通常の神社の注連縄(しめなわ)と縄の巻き方が逆なのです。
さらに御神体の配置が通常の正面ではなくて横(西)を向いているのです。
ますます謎めいてきました。
井沢元彦は次のように推論しました。
古代の権力争いが原因であると。
当時絶大な権力をほこって出雲地方を中心に広大な地域を統治していた出雲族の政権が、新興勢力の大和族に滅ぼされた結果であると。
『古事記』をひも解くとこの部分は「国譲りの神話」として書かれています。
政権交代としては一滴の血も流さずに済んだわけですから、最善の交代といえます。
しかし果たしてそんなことがあるでしょうか。
莫大な既得権益をみすみす「はいそうですか」と手放すでしょうか。
特に鉄を産した(鉄を制するものが天下を制した)この地方の権益をです。
きっと激しい戦闘が繰り広げられたと考える方が自然です。
悲惨、残虐、惨劇があったはずです。
新たな権力者となった大和族の末裔が自身の権力を正当化するために『古事記』にそのような記述を書かせたのです。
ちなみに720年(『古事記』編纂から8年後)に成った『日本書紀』には不思議なことに「国譲りの話」はありません。
『古事記』編纂年712年は、超先進国の唐にならい、律令国家として都を平城京(なんと[710年]りっぱな平城京)に定め意気揚々とスタートをきったところでした。
思想も中国の影響を大いに受けています。
中国では「天(世界をつかさどる神)」が「徳」のある人物を指名してこの世を治めさせ、その人物に「徳」がなくなれば「有徳」の者に位を譲るという考えがあります。
これを『禅譲』といい、政権交代の最高の容(かたち)です。
大和族に連なる我々はそうやって国を統治しているのだと宣言したかったのでしょう。
中国では武力によって政権を奪取することを『覇権』といい、これは『禅譲』の次とされました。
『易姓革命(えきせいかくめい)』。「徳」がなくなった権力者を武力(『覇権』)で倒し自らが新権力者にとって代わることなのですが、これも是とされました。
しかし、日本では『易姓革命』がおきたにもかかわらず、『禅譲』だとしたのです。

教育ブログ 「よなはTのひとり言」㉝

ここ数年、「自学力」という言葉をよく使わせていただいております。
私の考える「自学力」とはズバリ「問題解決能力」のことです。

人生に立ち向かうとき、いろいろな問題が待ち構えています。
そのどれにも答えが用意されているわけではありません。

自ら考え、計画を立て実行し、確認(チェック)する。
そうやって、問題を解決する。言いかえれば目標を突破していく。

社会にでると色々な困難が待ちかまえています。
そういう局面をどう乗り越えていくか。
答えは自分で探さなければなりません。答えが用意されていない問題を解かなくてはならないのです。

でも心配はいりません。分からないことは、人に聞いたり、調べたりすればよいのですから。

しかし、それだけでは不十分です。
人に聞くときでもその態度(礼節)や誠意が相手に伝わらないと本当のことは教えてくれませんし(コミュニケーション能力のスキルアップも大切)、調べる時もどこをどういうふうに調べるのかという基礎知識や、方法を知らないと答えにたどり着けません。

でもまだ不十分です
孔子も言っています。
『学びて思はざれば則(すなは)ち罔(くら)し。思ひて学ばざれば則(すなは)ち殆(あやふ)し。』
(「学ぶだけで、思索しないと、道理がはっきりしない独断に陥って危険だ。」文英堂:「理解しやすい漢文」より引用)

つまり人に聞いたり、調べたりした知識を自分の頭でよく「考える」ことをしないと何の役にも立たないということです。

そこで「考える」とはどういうことでしょう。
「考える」とは物事の道理を見究めること。
道理を見究めるためには論理的な思考力を身につけることです。
結局、私たちは言葉を使って物事を考えています。

より広く、深く考えるためには言葉の世界を広げることが肝要です。
「自学力」の根幹はまず、語彙(ごい)力をアップすることです。

ウソシリーズ 「社会は暗記科目である」のウソ(歴史編⑥)

具体的に言うと「古代で一番大きかった(高かった)建物」。『雲太、和二、京三』というわらべ歌にまつわる「ミステリー」があります。
出雲大社の謎。
「京三」というのは天皇の宮殿、「京都御所(紫宸殿)」のこと。
つまり時の権力者の御殿。一番大きくて当たり前です。
でもそれより大きい「和二」、大和の巨大建造物といえば、ギネス認定、木造建築物では世界最大の「東大寺大仏殿」です。これも肯けます。
聖武天皇が国家プロジェクトとして仏教を軸に鎮護国家を図ったからです。
「天皇」より「仏様」が上、納得です。
でも「雲太」はどうでしょう?出雲にある大きな建物といえば「出雲大社」です。
確かに「神様(天皇もある意味「神」ですが)」の建物が第一位であってもおかしくありません。
しかし、今の「出雲大社」から想像するとあの「大仏殿」を凌ぐ大きさだったとは考えにくいのです。
ですからこのわらべ歌の内容の信憑性は?(ハテナ)だったのです。
ところが近年になって、出雲大社の神域を発掘調査したところ大発見がありました。
なんと神域から直径1メートルはあろうかと言う柱の土台の穴が発見されました。
それも3本一組の柱が4ヶ所です。
大手ゼネコンの試算によると、高さが50から60メートルもある巨大建造物が聳えていたということです。
天皇の御所(『大極殿』)や大仏殿(仏教)よりも出雲の神々の建物が一番大きいことがわかったのです。あの「わらべ歌」は正しかったのです。
ではなぜ(WHY)なのでしょう。

教育ブログ 「よなはTのひとり言」㉜

真理にたどり着こうとして、細分化していき、顕微鏡で観察する。
結局、生命現象を成り立たせている正体は闇の彼方にあって姿を現さない。
分かろうとして分けていったのに分からない。「why?」の陥穽に陥ります。
しかし、細分化していった過程で欠落しているものに気づきます。
顕微鏡で観察している試料は生きていないのです。
一瞬を永遠に留めたくて、わたしたちはカメラのシャッターをきります。実体を手に入れたい。でも、その映像は影にしかすぎません。
欠落したものの正体『それは流れである。
エネルギーと情報の流れ。
生命現象の本質は、物質的な基盤にあるのではなく、そこでやりとりされるエネルギーと情報がもたらす効果にこそある。(同前掲書)』
あらゆる因子が時間の流れのなかにあってそのどれもが一対多の関係を持っているとすると、その現象を微分したところで「原因と結果」という因果関係は次の瞬間、逆転しているか『また別の平衡を求めて動いている。(中略)世界は分けないことにはわからない。しかし、世界は分けてもわからない(同前掲書)』のです。